ざっくり近況報告
ご無沙汰しています。医師になってから約1ヶ月半が経過しました。当院では多職種を含むオリエンテーションの期間が長いため、実際に病棟に出て担当患者をもち、先輩のバックアップのもと主治医として診療を始めたのは5月から。この短期間でいろんなことを経験しました。嬉しかったこと、感動したこと、驚いたこと、理想と現実の狭間での葛藤とモヤモヤ。言いたいことがたくさんありすぎて、まとまりませんね。ただ研修環境としては、これ以上ないくらいに恵まれていて、こりゃ2年間しっかり学べば相当なレベルアップが期待できると、専攻医の先輩と関わるなかで強く感じます。我ながらセンスある職場選択です。
駆け出しの医師として、新しい環境と人間関係のなかで動き回っているわけですが、休日はとことん楽しんでます。都心に出て喫茶店や展覧会を巡ったり、山奥のエコビレッジで新しい医療の形を知ったり、今までに関わったことのない職業の人と繋がったりと、新しい体験がもりだくさん。「都心にアクセスしやすい田舎」という選択も大正解でした。
さて結局のところ、医師として、ひとりの人間として、何が大事なのか。どんな世界を創りたいのか。自問自答のクセは働き始めてからも消えません。むしろ日々のフレッシュな体験が触媒となり、この答えなき問いを掘り深めてくれるのです。楽しくて仕方ありません。
専門職としての知識、技術が大事なのは間違いありません。根本にそれがなければ、どんな夢も戯言に聞こえるでしょうし、周りから信頼もされません。ただ知識とか技術というのは、目の前の仕事を真剣に取り組んでいれば、自ずと向上していくものだとも感じます。長い目でみれば、そこまで差はつかない。もちろん個人差はありますが、それよりも根本的に大事なものがある。それは何でしょうか。
そもそも何のために医師をやるのか。自分はどんな世界が創りたくて、どんな人生を生きたくて、そのスケールのなかで、医師という職業はどういう意義をもつのか。こういう鳥瞰的な眼差しです。これは学生の頃に感じていたことと変わりませんが、実際に医師になってみて、ますます実感しています。正解はないが納得できる答えを探究し続ける姿勢がないと、どんな仕事も長くは続けられないし、楽しくもならない。現実は地味で泥臭いことの連続。この現実の先に自分は何を描いているのか。ワクワクした未来に向かっているという感覚がなければ、ただ目先のタスクをこなすだけの作業になってしまう。逆にここのイメージが明確であれば、知識や技術はじゃんじゃか磨かれていく。
それと感性。目の前の患者は自分と同じ「人間」です。どんなに肌がシワシワでも、言葉が話せなくても、黒ずんでいても、痩せ細っていても、自分と同じ人間なのです。この事実を受け止めると、心の底から湧き上がるものがある。その人に対する興味関心、どうにかしたいという気持ち、未来どう生きていくのか、死んでいくのかという想像。その人が発する生き物としてのエネルギー、存在を感じるということが、実はものすごく重要なのではないか。どれだけ多忙になっても、この感性だけは殺さず、むしろ育てながら仕事を進めるのが理想。まとまりがないなりに文章を書くのも、この感性を保つためでもあります。
この感性を守るために。緊張した心も体も解きほぐして、自由に気軽に安らげる空間と時間と人間関係。めっちゃ大事です。それは自分の場合、たとえば芸術とか映画とか読書とか喫茶とか温泉とか散歩とか自然とかゲストハウスとか食事会とか親友とかメンターとか各種コミュニティとか、なんですね。そういう手段はたくさん持っておいたほうが、本当にいいです。
最近はホリスティック医学、医療人文学、統合医療、プラネタリーヘルスへの興味が強く、それらを探究する人との縁も増えてきたので、ゆくゆくは医療界を飛び越えた連携のなかで、人間や地球全体の健康を研究するような組織、コミュニティを創っていくことになるかもしれない、などと自由に妄想しています。そっち方面でも少しずつ動きながら、何はともあれ西洋医学の、総合診療の軸を作っていくことに変わりはなく、コツコツ積み上げていきます。