センスは磨くもの
巷でよく言われるのは「あの人センスあるよね」とか「この仕事はセンスがないと難しいよ」とか。あたかも生まれつきの才能であるかのように語られる。
本当にそうだろうか。
勉強、仕事、料理、運動、服、店、デザイン。それに関わる五感。すべてのセンスは後天的に磨いていくもの。それは「感じる技術」だと思う。先天的に100%決定されるものでは、けっしてない。
いろんなものに触れて、感じる。それで「これ好きだな」とか「こういうところが素晴らしい」とか、いろんな思いが浮かんできて、それでまた別のものに触れて、また何かをあたらしく感じる。それを繰り返すうちに、自分の軸みたいなものができてくる。きっちり言語化はできないけれど「これはいい」「これは微妙だな」という判断の軸。あるいは目の前の現象から、いろんなものを汲み取れる、見出せる、面白がれること。それがセンスだと思う。
たぶんセンスを生まれつきのものだと思っている人は、どこかで自分の才能を伸ばすことを諦めている。もちろん「今までこういう教育を受けてきた」とか「親がこういう人で」とか、物心つく前の自分ではどうにもできなかった因子が現在の自分に多大に影響していることは、その通りだろう。そりゃそうだ。
それでもセンスがないと思うならないなりに、幅広くたくさんいいものに触れて、自分の気持ちと向き合って、それを地道に続けていくと、確実にセンスが上がっていくのを感じる。最初は「なんだこれ」だったものが、徐々に「あ、こういうことかもしれない」という確信に近づく瞬間がたしかにある。逆に今まで輝いて見えたものが、途端に薄っぺらく見えたりもする。
とある時点から、センスを磨くという過程そのものを楽しめるようになる。今の自分にセンスがあろうとなかろうと、もはや関係ないわけ。そう思えるようになったら、人生しめたもの。ここまで達するのに、約4年かかった。
いいものをいいと確信できる。日常に「なんかこれいいな」が増えていく。これほど幸せなことはない。有名なモノじゃなくていい。道端に転がっている石だっていい。なんでもいいから、それを感じられること。これが本当に大事になってくる、これからの時代は。